再び絵筆を執って11年
銚子の海、故郷の廃鉱描く
――定年退職後、好きだった絵を再開し、2025(令和7)年の第118回総合美術公募展「日展」で入選した野田市の画家さとうふみお(本名・佐藤文夫)さん(75)の作品展が6月6日まで東京・有楽町の東京交通会館シルバーサロンAで開かれた。

■写真上:100号から小品の33点が展示された会場
日展入選作の「或る海岸」(100号)を始め、油彩、水彩、パステル、素描の33点が出品された。

■写真左:作品を紹介するさとうふみおさん
■写真右:第118回日展(2025年)入選作品「或る海岸」(油彩)
「或る海岸」は銚子の海がモチーフ。静かに打ち寄せる白い波、積み重なった灰色の消波ブロックという「動」と「静」を狙った。
青系、赤系と色合いの違う二つの「遺された風景」は、生まれ故郷の秋田県鹿角市にあった尾去沢鉱山跡。国内最大規模の銅鉱脈といわれ、1978(昭和53)年に閉山した。季節が違う帰省時に訪れて描いた作品だ。

■写真左:「遺された風景(赤)」(油彩)
■写真右:「遺された風景(青)」(油彩)
銚子の海辺を始め、故郷や野田周辺の風景が多い。同じ場所を素描、水彩、油彩、パステルと画材を代えて描いた作品も少なくない。控え目な配色、そしてソフトな仕上げは、さとう流なのかもしれない。
「きれいな所でなくても、大した景色でなくてもいい。その場所をいかに丁寧に観て描くセンスと根気が、創作につながると思う」

■写真左:「仰ぎ見る」(油彩)
■写真中:「山門 白川郷にて」(水彩)
■写真右:「森へつづく」(水彩)

■写真左:「橋の見える水路」(パステル)
■写真中:「雪の峰」(パステル)
■写真右:「一本の木」(油彩)
小学校の頃から絵や漫画を描くのが好きだった。クラスメートからノートを渡され、漫画をねだられることもしばしばだった。旧花輪高校(現鹿角高校)を卒業後、美術系大学への進学を目指して上京したが、断念。都内の金融機関に就職した。
仕事は忙しく、60歳で定年退職するまで1枚の絵も描かなかった。鹿角の両親を引き取って介護の生活を続けた。二人の入所先も決まり、自分の時間ができ始めた頃の「絵でもまた始めたら」という妻の一言が、背中を押した。

■写真左:「社の夏草」(油彩)
■写真中:「庭先の春」(油彩)
■写真右:「沼の影」(水彩)

■写真左:「広い風景」(素描)
■写真右:「広い風景」(油絵)

■写真左:「やわらかな光」(パステル)
■写真右:「暗い海」(油彩)
2014(平成26)年、誰に習うでもなく、独学で油絵を始めた。その年のMBCサムホール展に出品して奨励賞、翌年には近代日本美術協会展新人賞を受けた。以後、現代パステル協会展、公募美術団体・一水会、千葉県展などで次々と受賞している。
柏市や茨城県取手市のカルチャーセンターで水彩やパステル画を教えている。自身も水彩、パステルを使うが「基本は油絵」だという。
紙に描く水彩、パステルには限界があるが、油絵は削る、かぶせ塗りも出来る。何回でも、満足いくまで描くことができるからだという。

■写真左:「廃鉱其の後」(パステル)
■写真右:「菅生の夏」(素描)

■写真左:「年開ける」(水彩)
■写真右:「冬の岳」(水彩)

■写真左:「西日」(パステル)
「64歳から描き始めた。世の中、早出の絵描きもいるが、私のように遅れて出てきた者もいていいのでは。90歳まで描いても画歴は25年。短い絵の道でも誰にもまねのできない道を描きたい」
銚子の海や故郷の鉱山跡をライフワークとして描き続けるつもりだ。
(文・写真 佐々木和彦)