黒と白の濃淡で描く世界
我孫子で59回目の墨絵展
――黒と白のモノトーンで描く静かで奥深い水墨画、色付けされた味わい深い墨彩画……。2月7日から我孫子市の「あびこ市民プラザギャラリー」で、我孫子墨絵同好会(松本紀幸会長、会員25人)の作品展が開かれた。
■写真上:開場を待ちかねたように初日からにぎわった
「第59回我孫子墨絵同好会展」。ギャラリーの三方の壁、中央のパーテーション表裏に設けられた展示スペースいっぱいに作品が飾られた。会員作品57点に加え、特別出展として我孫子市長寿大学水墨画クラブの13点が並んだ。
■写真左:出展目録を手に作品を鑑賞する入場者
■写真右:墨絵展の案内はがき
里山の風景、雪を頂いた山々、海岸、水辺、農家、水車、花など様々なモチーフが画仙紙と呼ばれる大小様々な墨絵用紙で描かれている。控えめながらも観る者に墨と筆による迫力を感じさせている。
■写真上:特別出展の我孫子市長寿大学水墨画クラブの作品コーナー
同好会は44年前の1981(昭和56)年に発足した。なのに作品展が59回目? との疑問に五島敏夫副会長は「設立年は記録に残っているのでわかるが、当時の会員がいないので詳しいいきさつはわからない」と前置きし、こう説明した。
「墨絵の好きな人たちが集まって同好会をつくった。指導者か、腕の立つメンバーが長寿大学で教えに行ってから卒業生の会員が増え、ピーク時には70人もいた。今は年1回の作品展だが、設立後の十数年は年数回開催していたらしい」
長寿大学は1974(昭和49)年に1年制で開学し、76(昭和51)年から4年制で開設されている。11あるクラブ活動の中に水墨画クラブがあり、現会員25人の9割が卒業生だそうだ。
松本会長、五島副会長は2015(平成27)年入学の同期生だという。松本会長は「サラリーマン生活をやめ、しばらくしてから長寿大学に入り、人生の切り替えに墨絵を始めた。大したものは描けないが、額に入れれば結構、様になるからね」と笑った。
作品には「1」から「70」の通しナンバーがふってあり、入場者用の出展目録もその番号順にタイトル、作者が紹介されている。入り口左側から灰玉平タカ子さんの三作品が始まるが、最初の「1」は「屋台」の題名だった。
■写真左:「屋台」(灰玉平タカ子)
■写真右:「祖谷渓」(山口善三)
我孫子市内の湖北台団地一角に昭和の時代から出ていた、おでんの屋台を引く女性を描いたものだ。話しているうちに知り合いになり、4Bの鉛筆でスケッチして仕上げた作品という。
「墨絵はぼかし、にじみが大事で水分を含ませ、乾く前に描くようにしたり、筆先のかすれを活かしたり。油絵のように塗り直しが利かないから5、6枚は描き直す」と灰玉平さん。墨絵には「一発勝負」の緊張感もあるようだ。
■写真左:「早春の白馬」(小西通義)
■写真右:「水車 安曇野」(三宅洋一)
■写真左:「秋の味覚」(山﨑哲彦)
■写真右:「夕焼け」(五島敏夫)
■写真左:「てがぬま」(瀧本富)
■写真右:「佐原の町並み」(齋藤廣志)
■写真左:「朝市の土産」(森靖)
■写真右:「茅葺きの家」(畦地みち子)
■写真左:「霧の朝」(宮原住枝)
■写真中央:「石積みの僧坊」(松本紀幸)
■写真右:「初夏の水辺」(阿部典生)
■写真左:「木槿」(吉田文子)
■写真右:「鍾馗さま」(篠原律子)
■写真左:「草紅葉」(松末紀子)
■写真右:「鶴」(前田道子)
同好会は月2回、あびこ市民プラザなどで例会を開き、見本を基に描き上げて持ち寄った作品にアドバイスしあったり、手賀沼などに写生会に出かけたりする。
入会して20年という小西通義さんも長寿大学のOB。「描いた絵をダメと言われず、褒められることで続けられた。よき仲間に恵まれた楽しい会で、人生のオアシスでもある」と話していた。
(文・写真 佐々木和彦)