手賀沼と楚人冠の創作舞踊
8月17日に我孫子で公演
――我孫子市の日本舞踊若月流家元・若月仙之助さんが芸術監督を務めて主演、市民らが出演する創作歌舞伎舞踊劇「手賀沼今昔ものがたり 杉村楚人冠への誘い—新舞踊運動—」が8月17日、JR我孫子駅南口の「ふれあいホール」で公演される。
■写真上:歌舞伎舞踊「鏡獅子」の若月仙之助さん(東京都荒川区のサンパール荒川での公演から)
「手賀沼に関連する人々や民話、伝説を採り入れた伝統芸能を創り上げ、手賀沼を、我孫子を盛り上げたい」と若月さん。
「今昔ものがたり」は今度で3回目。初演の2022(令和4)年10月は手賀沼の「藤姫伝説」と「将門伝説」が題材。昨年8月の第2回は「アオギリとの約束」の副題で、手賀沼湖畔にある「平和の記念碑」、広島から贈られた被爆アオギリ2世にちなみ、平和を訴えた。
■写真上:「手賀沼今昔ものがたり」のチラシの表面(左)と裏面
3回目の今回は、明治の草創期から新聞界を牽引したジャーナリスト杉村楚人冠が登場する。手賀沼湖畔に別荘を建て、都内から移住した楚人冠と新舞踊運動の先駆者、藤蔭静枝との交流が基だ。
■写真上:杉村楚人冠肖像写真(我孫子市杉村楚人冠記念館提供)
新舞踊運動は明治末から大正にかけ、従来の歌舞伎舞踊、日本舞踊の謡曲だけでなく、民謡や演歌、歌謡曲などを自由に振付し、踊ろうというものだ。
楚人冠は昭和の初め、秋田・八幡平を探勝中、落馬して左腕を骨折、地元温泉で静養中に作詞した三味線の小歌曲「湯瀬の松風」に静枝が振付をして披露した。
我孫子市の「杉村楚人冠記念館」によると、楚人冠が別荘での気ままな生活から作詞した「朝酒の歌」にも振付している。一時期、「白馬城」と呼んだ屋敷内に建てた「崖の家」に住み、楚人冠の母が住む「澤の家」で踊ることもあった、という。
若月さんは、楚人冠と静枝の交流が新舞踊を進化、発展させ、我孫子の「河童音頭」などの自由な振付につながる下地になった、と評価する。
公演は二部構成。一部は雷神と船頭が登場する古典舞踊「常磐津 雷船頭」を若月流一門が演じる。
■写真上:第一部「常磐津 雷船頭」の一場面(過去の公演から/亀鶴屋提供)
第二部は若月さんが手賀沼を舞台背景に坪内逍遥の新舞踊作品「新曲浦島」「お夏狂乱」を河童とともに踊る。河童が楚人冠の落馬骨折の出来事を表現し「河童音頭」で歌舞伎の立ち回りもする。
初めて参加する市内布佐中学校の卒業生らによる合唱団「アンサンブル・ルミエール」の「あびこ市民の歌」に合わせて踊り、フィナーレとなる。
■写真上:「アンサンブル・ルミエール」の練習後のミーティング(我孫子市の近隣センターふさの風)
コンサートマスター當前一輝さんは「参加出来て光栄。舞台をじゃましないようにしたい」という。
河童は若月さんの長女で小学5年のつるはさんのほか、1、2回目の公演を観て参加したいと、若月さんの門を叩いた高校2年の中村帆乃加さんも登場する。
中村さんは「立ち廻りの途中、手賀沼の河童モニュメントを再現している場面があるので、ぜひ見つけて下さい」。
若月さんは大学や歌舞伎役者の養成所で学んだ。「日本の伝統文化の魅力に興味を持ってもらいたい」と出張イベントの「亀鶴屋」も立ち上げ、国内外で年間約200公演、大学、中学・高校など30カ所を回るなどの活動を続ける。
■写真上:一人で獅子舞(左)、忍者などを演じる若月さん(東京都荒川区のサンパール荒川の公演から)
若月さんは「伝統芸に興味を持ってもらうきっかけや、手賀沼関連の舞踊劇を通じて自分たちの街を知り、大切にする気持ちを持ってほしい」と話している。
■写真:公演の打ち合わせをする若月さんと「語り」の秋田桂子さん(我孫子市)
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(文・写真 佐々木和彦)