――我孫子市在住の野鳥彫刻家、内山春雄さん(71)が昨年に続き2月18日から同市民プラザギャラリー(あびこショッピングプラザ3階)で作品展を開く。「内山春雄のバードカービング展~木彫りの鳥で野鳥を救おうとした男&我孫子の小学生と鳥刻の会の鳥たち」。バードカービングを初めて40年余。野鳥保護や子どもたちの環境教育、目の不自由な人のためのタッチカービング、ツルの人工飼育……。カービング技術を各方面に生かす内山さんの軌跡とこれからを聞いた。
*敬称は省略させていただきます
■写真上:工房の作品に囲まれる内山春雄さん
木工芸の職人から野鳥彫刻へ
- お父様が材質や色が違う天然木材を糸鋸で切り抜いたり、はめ込んだりして絵のようにする伝統の木工芸「木象嵌」(もくぞうがん)の職人だったそうですね。
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内山 体が弱くて、学校に行き始めたのは小学5年生からだった。学校に行っても全然ついていけない。中学校を卒業するぐらいには、普通のサラリーマンでは耐えきれない。人がやらないことか、人がやろうとしないようなことで勝負しようと、父親がやっていた木象嵌をやったら面白いのではないかと思った。
■写真上:天然材を糸鋸でくり抜き、はめ込むなどで鳥を描いた伝統の木工芸「木象嵌」
- バードカービングとの出合いは?
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内山 父親に習った後、専門の職人の下で1年修業し、テレビで知った神奈川県小田原市にある専門店の職人になった。30歳の時に独立し、東京・浅草に工房を開いたが、物は作るけども、売るっていうことを知らない。友達がそんな生活をしていたらだめだぜって言って、持ってきたバードカービングをアルバイト的に始めたのがきっかけかな。アメリカ生まれのバードカービングを1980年代に日本鳥類保護連盟が愛鳥教育に役立てようとした。そのサンプルとして鳥を彫ってくれないかっていうのが最初だった。鳥を彫るのにそんなに興味がなかったが、鳥の絵を描くために鳥の勉強がしたかった。鳥の絵を描いて、それを木象嵌で表現してみたいと思ったからだ。
- なるほど、最初は木象嵌で鳥を描くためだったのですか。
内山 条件として鳥の勉強がきちっとできるなら、その仕事やってもいいよって言った。そしたらいきなり東京・渋谷にあった山階鳥類研究所に連れて行かれた。当時、渋谷にあった古いビルで1階に日本鳥類保護連盟が入っていた。そこの2階に会議室があって、私の仕事場になった。
内山 鳥のはく製は見放題だし、わからないことは、通りかかった人に声をかければ何でも聞けた。通る人は鳥類学者ばかりだから、誰に聞いたっていいわけだ。そこで鳥を彫ったり、図面描いたり。ほとんどの鳥の何たるは、雑談的に話を聞いている間に覚えてしまった。会議室っていうのは日本中の鳥の勉強している人だとか、本を出したいっていう人たちが集まってくる。山階に来てこういう研究やっていて、こういう成果が出た、という話を聞けた。大学の講義を毎日ただで聞いているようなものだった。
内山 最初の1、2年は何を言っているのかわからなかった。日本でまだ発表されてない最先端の話をしているわけだが3、4年するとだんだん分かってくるようになった。ヤンバルクイナが見つかって、これが日本で新しい種というのを発表しよう、トキが絶滅するので全部捕獲して飼育してトキを増やそうなんていう会議も全部そこでやっている。剥製を見ながら腕を磨けるし、最先端のまだどこにも発表されてないような情報も手に入った。
内山 この40年、鳥の絵が描きたかったから、鳥の勉強をしないといけないと思ってやってきた。研究所でいろんな話を聞いていると、鳥の世界はすごくギリギリで、絶滅に向かっているような、どの種も危険な状態だってことが身に染みてわかってきた。それじゃあ、私はどうすべきか、と思うようになった。
内山 ただ美しい鳥を美しく彫るのはもういい。みんなから教わった知識と自分で磨いた技術をなんか役に立つような方法はないだろうかと思った。それでバードカービングの可能性っていうのをずっと追い続けてきた。学校教育をやってみたり、目の見えない人の道具にしてみたり、鳥の保護活動をしている人たちの手助けにデコイを作ったり、ツルを飼育している人たちの飼育用のハンドパペットを作ったり。そういう、何かの役に立つようなカービングをやってみたいと思った。それと剥製がなかなか手に入らない時代になってきたから、剥製の代わりになる正確性のあるレプリカを作れないかというので、山階にずっとくっついて勉強しながら、鳥の実物大でできるだけ正確な鳥を彫ることを心がけてやってきた。
■写真:親ツルのくちばしに似せたヒナ飼育用のハンドパペット
国際海鳥会議にアーティスト枠で参加
- ハワイであった海鳥の国際会議に参加したとか。
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内山 2016年2月にハワイであった太平洋海鳥グループの国際会議に野鳥彫刻のアーティスト枠で参加し、目が見えない人のための鳥類学っていうのを発表した。目の見えない人にとって1番触りにくいのが野鳥。形がわからないわけだから鳥類学はできない。私が実物大のいろんな鳥、触れるような鳥を作り、触ってもらうことで理解できるわけだし、鳥類学だってやれるということを実物持参で話した。本来15分枠だったが「話が面白いから気にしないでしゃべって」と延長してくれたし「別室でまた話の続きをやろう」なんてことになった。
- 2月のハワイはどうでした?
内山 花がいっぱい咲いて小鳥が乱舞しているのを見た。思わず「ハワイって、ほんと自然が豊富だね」ってポロっと言った。そうしたら、学者の1人が「あれは全部外来種だ」って言うのだよ。「じゃあ、ハワイ固有種はどれですか」って聞いたら1羽もいないって。不思議なことをいう学者がいるなと思って、日本へ帰ってすぐ山階でその話をしたら「そうなんですよ」って言う。
- どうしてなんでしょう。
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内山 観光客がいるような平地にハワイの固有種は住めないんだって。外来種などのウイルスを蚊が媒体するので、蚊が住めない1200㍍以上の高地へ行かないと生きられないということを聞いた。山階に固有種ハワイミツスイの剥製が5、6種類ぐらいあった。全部で40種以上いるが、山階にはそれしかないが、ハワイ・オアフ島のビショップミュージアムにあるとの話だった。そこに「私にはハワイ固有種をすべてバードカービングで復元する技術がある」というメールを出した。そうしたらすぐ来いっていう返事があり、2016年8月の2週間、収蔵庫に入れる許可もらった。
■写真上:アジアの鳥・オオマシコが先祖とされるハワイ野鳥の進化をまとめた円形の系統樹
- ハワイの固有種はアジアの鳥・オオマシコが祖先とされ、500万年かけて50種以上に進化したとされていますね。
内山 そうです。収蔵庫のはく製を調べ、図面を書いたり、寸法を測ったり、写真を撮ったりして40種のデータを取った。図面は剥製のある40種しか描けなかった。残りは骨だけが洞窟とか、溶岩のくぼみなんかで時々見つかる。何万人もの観光客は、ハワイは花が咲いて、小鳥がいっぱいいるから自然豊かな楽園だと思っている。固有種を大切にして保護しないと、本当のハワイの自然を満喫できない。だから子どもたちにハワイの固有種を教えなきゃいけない。ハワイの固有種を教えるってことはハワイの歴史を教えるってこと。それには教育をしないとだめだ。
■写真:ハワイ野鳥の進化を描いた絵
教育の必要性痛感、カービング教室始める
- だいぶ前から我孫子の小学校でバードカービング授業を始めましたね。
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内山 カービングを教えるっていうことは鳥に興味持たせる。その鳥が住む手賀沼に関心を持ってもらう。つまり地元の自然に関心を持つことにつながる。子どもの柔らかい感性のうちに鳥の現状なり大切さ、必死に生きている姿勢を教えないと思って始めた。今年で23年目になる。予め小鳥の形にカットしてある軟らかい外材を用意して小刀で削る。1日4時間の授業をして2日間8時間で完成させる。大体20種類ぐらいができる。小刀で軽い怪我をする時もあるが、刃物を注意して扱うことは身をもって経験するので、人に向けるようなことはしなくなる。
■写真上:我孫子市の2小学校6年生が毎年製作に取り組んでいる小鳥
- 子どもたちの反応はいかがですか?
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内山 6年生が彫っていると、休み時間に5年生や4年生がチラチラ見にやってくる。5年生なんかは「僕らは来年になったらあれやれるんだよね」って先生に聞いて確認する。それぐらい楽しみにしていてくれるから毎年すごく食いつきがいい。小刀の持ち方、一番安全な削り方をちゃんと説明して教えれば30分ぐらいでスムーズな授業ができる。我孫子の場合は、カービング授業に合わせて先生が鳥の話をするし、子どもたちは地元にある博物館に行って下見する。今は学校から一人ずつにタブレットが配られているので、ぱぱっと検索できる。水鳥がいる手賀沼もそばにあってすごく恵まれている。
- 東京都大田区の下水処理施設屋上で続けられている絶滅危惧種コアジサシの人工繁殖地に我孫子産のデゴイ(おとり)が使われているようですね。
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内山 ずっと我孫子の中学校でデコイ作りをしていたので、それを貸し与えることになった。でも子どもたちがね、なかなかうんと言わない。まず、「絶滅危惧種のコアジサシのため、デゴイ作りをやる」と説明して始める。でも、何ヶ月もかけて作るうちに愛着がわくんだよね。そりゃそうだ、手に豆を作りながら完成させた物を雨ざらしにするのだからすごく抵抗がある。年に中学生500人に教え、貸してくれるのが50、60個かな。それも終わったら返すという条件付き。毎年少しずつ貯めて計1千個を集めた。繁殖期の夏に使い、終わると返すものは返し、続けて使うものはメンテナンスするようにしている。
■写真上:東京都内の人工繁殖地で使われている絶滅危惧種のコアジサシのデコイ
- 「鳥刻会」という大人のグループにも教えていますよね。
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内山 まあ、あの生涯学習です。もともと千葉ニュータウンのホームセンターにカービング教室があって、5年くらい前かな、そこの生徒がグループを作りたいっていうので始まった。毎年1回ずつ展示会やれたらいいねというので、そういう会を作った。今は60~80代の28人が我孫子の工房に通ってきている。例年、東京都美術館でバードカービングコンクール(日本バードカービング協会主催)を開き、作品展示をしていた。コロナの関係もあってしばらくやっていないので、2月の作品展に20点ぐらい出す予定だ。
■写真上:工房で内山さんのお手本に見入るお弟子さんたち
- 心掛けていることは?
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内山 楽しむことに尽きる。とにかく楽しく彫ってもらいたいのだが、やっていることは辛いことばかりだと思うよ。削ったり、磨いたりで根気、持続力、忍耐力、あとは探求心も必要だな。俺は職人の家で育ち、職人として生きてきた。職人なんていうのは、教えない世界でしょう。誰かが怒られた時が1番いい時で、なんで怒られたのか、盗み見て身に着けることも教えている。難しいところは手を貸すが、最後まで彫り上げてもらっている。
■写真:色付け作業を手振り身振りで指導(左)、製作のために何時間もかけて取り組む根気も必要という(右)
壁面で150年前のハワイの自然再現へ
- これから一番の目標は?
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内山 ハワイの固有種ハワイミツスイの復元を固めなきゃいけない。ハワイのビショップミュージアムに作品を飾る3㍍×8㍍の壁面スペースをすでに貰ってある。地元で有名な絵描きにハワイ固有の植物の絵を描いてもらい、そこに私が作った鳥を飾る。植物と鳥は密接な関係があるから、そういうのをどんどん壁画にはめ込んでいく予定だ。
- いつ頃になりそうですか?
内山 今は53種できている。あと7種ぐらいあれば終わる。作品は1、2年で出来るがコロナが終わらないと持って行けない。コロナでハワイの経済が傾いてビショップミュージアム運営に必要な寄付金が集まらないのも心配だ。
- 早く目標が叶うといいですね。
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内山 ミュージアムの壁面で150年ぐらい前のハワイが表現できる。ハワイの鳥だけじゃなく、植物もね。学校単位でやってくるハワイの子どもたちに学芸員が説明する。大昔ハワイはこうだった、これが本当のハワイなんだ、と教えられるじゃない。そんな授業を受けた子どもたちが大きくなって「それじゃぁ、ハワイの自然を150年前に戻そう」「そのための力を身に着けよう」と思ってくれるような授業をやってくれるといいなと思う。
■写真上:アケキ(左)、マウイユミハシハワイミツスイ(右)
■写真上:ハワイヒタキ(左)、アカハワイミツスイ(右)
■写真上:花咲く植物にとまったラナイフォックビル(左)、ベニハワイミツスイ(右)
■写真上:大勢の親子連れが訪れた昨年の展示会場
(取材日2022年1月22日、我孫子の工房)