「多彩な人が集まる魅力的なマチに」

「森の美術館」の森忠行館長(流山市)

 

取材・文 Tokikazu

プロフィール

森 忠行
1948(昭和23)年、埼玉県三郷市生まれ
三郷市議会議員4期

 

森の美術館

開 館 2016年8月25日
住 所 流山市大畔315
電 話 04-7136-2207


***開催中の作品展***

「森かずお写真展~ありのままの一瞬~」

開催期間 
2021年6月27日まで
月・火曜休館、要予約
時  間 
10:00~16:00(入館15:30まで)
入 場 料 
大人600円、中高生300円、小学生以下無料

 

 

――流山市大畔の「森の美術館」で、2019年11月に亡くなった柏市出身の写真家森かずおの写真展「ありのままの一瞬」が6月27日まで開かれている。生前、親交のあった森忠行館長が遺品となった膨大な作品を預かり、整理し「追悼」の意味を込めて開催した。同館は開館6年目だが、地方にいながらも個性的な作家らの作品展を企画している。東葛エリアでは公営、民営問わず数少ない美術館。森館長に開館の意図、これからの方向性などを聞いた。
*敬称は省略させていただきます

写真上:故森かずおさんが好んで作品を飾った場所に作品展ポスターを掛けた森忠行館長

 

自然な出会いから始まった交流

写真家森かずお(以下かずお)との付き合いのきっかけは?

森館長 開館間もない頃、タオルの姉さんかぶり、長靴姿でブラーと入ってきました。始めはどんな人か、と思いましたね。「どちらからですか」って声をかけてお話を伺いました。地元で写真を撮り続けている写真家で、文化にも絵にも詳しいので話が合いました。それからちょくちょく姿を見せてくれるようになりました。

 

美術館のスタッフは「館長とかずおさんは前世で兄弟だったのでは? と思うくらい仲がよかった」と評していますが。

森館長 物をよく知っているし、話が面白くて人懐っこい。損得を考えず、人のために労を惜しまない。かといって威張る訳でもない。今時、そんな人いますか? 写真を見てもあまり主張することなく、淡々と撮り続けている感じ。伝統行事の大師講に同行して撮ったいい写真を何枚も残している。

写真上:「森かずお写真展」会場を案内する森館長

 

生前、写真展企画の話はなかったのですか?

森館長  もちろん何度も提案しました。その度に「いい、いい」と遠慮するんですね。その代わり「俺はここでいいから」といって受付脇の壁に持ってきた作品を飾ってくれました。以来、そこがかずおさんの定位置になりました。でも、あとから聞いたところでは「美術館から作品展をやらないかって声を掛けられた」って知り合いに話していた、という話を後日伺いました。本当はうれしかったのでしょうね」

写真上:森かずおさんが毎日通った手賀沼の作品を紹介。お気に入りの一枚

 

 

亡くなってから実現したのですね。元々、写真関係の段ボール30箱、トラック1台分の遺品を美術館で預かって、整理したそうですね。

森館長  そうなんです。いったん自宅に持ち帰って倉庫で保管しました。自宅で整理するわけにもいかないため、美術館の駐車場にコンテナハウスを造ってそこで作業をしました。正直、遺品を預かった時点で写真展をやろうという考えはありました。整理に13か月掛かりました。古い作品もありましたが、大きく引き伸ばして改めて見ると、いい写真だなぁーと思うものがたくさんありました。選んで展示しましたが、本人がチェックしたら別の作品構成になっていたかもしれませんが……。一部未整理のものもあり完全じゃないし、未現像のフィルムがまだ約200本残っています。

写真上:森かずおさん愛用のカメラ。かなり年季が入っていた

 

 

 

そうなんですね。今回は前期、後期と2回分けての追悼的な作品展でした。未現像フィルムに未整理を加えた作品で第2弾の「遺作展」を期待しています。

森館長  やることは、やぶさかではありません。残ったフィルムを見てからね。

 

 

写真上:森かずおさんの手賀沼の作品から。その日の光景を見逃さず記録に収めている

 
 

 

写真上:森かずおさんが同行取材した伝統行事、大師講の参加者(左)、大師講の行列に加わったちびっ子にレンズを向けた(右)

 

37年前購入の日本画が始まり

美術館のホームページに「昭和59年に一点の日本画購入が美術館開設の始まり」とありますが、どんな絵だったのでしょう?

森館長  絵はもともと好きだったので、新築した自宅の壁に飾る絵が欲しかった。当時、ギャラリーがあった「そごう柏店」(デパート、閉店)を見に行って、日本画家の沢田実さんが描いた日本画の風景画が気に入って購入しました。以来、デパート側から個展などがあると案内が来るようになったので、見に行くようになりました。会場で作家とも話す機会が増えて、塚越仁慈(ひとじ)さんのスペインの風景画を購入しましたね。それから塚越さんがそごうで毎年個展を開くたびに1点ずつ買うようになりました。

 

 
作家との交流が始まったのですね。

森館長  そうなんですよ。公募展や作家の個展にも通うようになりました。特に東京・銀座の画廊を通じて、洋画家木原和敏さんとの出会いがあり、より絵画への思いが深くなりました。画家との交流が広がるにつれて初めは年に1~2点の購入だったのが、次第に増えていきました。都内の複数のオークション会場にも出入りするようになりました。

 

 
どんな作品がお好みですか?

森館長  好みは特にはないのですが、風景、人物でも抽象的なものより写実系が多いですかね。個性的な作家が好きかな。その意味では写実的なものが多いですが、写真のような作品であっても、作家の絵具遣いが感じられる、写実の王道というか、油絵の王道というか、そんなタッチが伝わってくるものがいいですね。

 

 
オークション会場にも通われて、たくさん作品が集まったのでしようね。

森館長  いつの間にか200~300点になっちゃって自宅に飾るところがなくなりました。訪ねてくるお客さんから「まるで美術館みたいだね」ってよく言われるようになって……。どこかに飾る所がないかなぁーって思い始め、いい場所があれば美術館でも建てるか、と考えるようになりました。探したらこの場所に出合いました。

 

 
いい所ですね。竹やぶや木々に囲まれてまさに「森の美術館」です。

森館長  流山は人口が増えているので、今は隣接地に小中学校が建設中ですが、開館当時、周りは畑で裏は竹林でした。工事中、通りがかりの方から「倉庫ですか?」「図書館ですか?」と声を掛けられました。「何の建物だろう?」って思われるのも大事だと思います。

 

写真上:深緑の木々に囲まれた「森の美術館」。文字通りのたたずまい

 

 
 
コンクリートの打ちっぱなしのような建物が森の中にある感じで、敷地の入り口にある丸太に小さな案内板が出ているだけですね。

森館長  そんなに自己主張みたくしなくても、好きな方は探し当ててくれます。建物も作品と思っていたので、仰々しい看板は立てず、畑の先に何かあるな、何だろう――って、近づいたら「えー美術館?」って思って頂ければいいですね。

 

写真上:美術館の入り口の丸太にそっと掛けられたような案内板

 

無名でも個性的な作家を紹介

開館して6年目を迎えます。これまでどんな作品展を開いたのでしょう。特に想い出深い企画は?

森館長  油絵が中心です。知っていたり、紹介されたりの作家の作品を展示しました。この中で元は漁師だった陸前高田市(岩手県)の画家畠山孝一(1933―2020)さんがいました。ずっと三陸の岩場を描いている作家です。画集にあった迫力のある素晴らしい作品を見て「すぐ作品展をやりたい」と思いました。地元に通って取材したり、写真に撮ったりしました。代表作の「三陸愁想」は500号(縦198㌢、幅668.5㌢)の大作です。所蔵する花巻市の萬鉄五郎記念美術館にお願いして借り受けました。

写真上:故畠山孝一さん/森の美術館提供

 

2018年1月~同5月に開催した「三陸の譜 畠山孝一展 生命の宿るがごとく」ですね。躍動的で力強い中にも繊細なタッチの作風のようでした。

森館長  いい作家なんですよ。でもね、地元では有名ですが、全国的にはあまり知られていない。何とか皆さんに知ってほしいと思ってプレスリリースを各社に送りました。そしたら日本経済新聞記者も取材に来てくれました。陸前高田にも行って取材し文化面に載せてくれました。それで全国の美術の好きな方に知ってもらえたかな、畠山という作家を知ってほしいという一つの目的は叶ったかなって思いました。初めて画集を出した想い出深い作品展でした。

写真:2018年に企画された畠山孝一展のチラシ/森の美術館提供

 

 

 

 

写真上:畠山孝一さんの作品「三陸の譜」。ダイナミックな作風の中に繊細さがにじみ出る/畠山孝一展のチラシから

 
ここ東葛エリアでは公私立を問わす美術館が少ないです。美術館を運営していて日頃感じるものはどんなことでしょう?

森館長  文化・芸術的な施設のあるマチ、それに力を入れるマチは、それを好む多彩な人たちが集まってくる。時間はかかるかも知れないが、自然に魅力的なマチになっていくのではないか、と思います。この美術館にもいろんな方が出入りします。文化的事業とはそういう多彩な人を呼び込むものではないでしょうか。

写真上:美術館裏の竹やぶも展示会場の一つ。天気の良い日には野外展示が企画される(左)、野外展示作業を終え、スタッフと記念写真に納まる(右)

 
これからどんな作品展をお考えですか?

森館長  美術館という場所があれば自由に企画できます。有名な作家も大事ですが、無名であっても作品、作家が素晴らしく、多くの方に知って欲しいと思う作品展を企画したいですね。そんな作品、作家と出会えたら場所を提供したい。

 

 

(取材日2021年5月13日、森の美術館)