客室乗務員から写真家に
動物との共存、地球環境考える
――野生動物写真家、中村惠美さんの写真展「RING OF LIFE」が、我孫子市生涯学習センター「アビスタ」で開かれた。水しぶきを上げるクジラ、氷上のホッキョクグマ、愛らしいペンギン……。北極、南極に生きる生物がありのままの姿を見せていた。
■写真上:写真展会場の1階中央通路は見学者が絶えなかった
会場となった1階中央通路の展示スペースには北極、南極ごとに整理された大小40点の写真が展示された。北極は生物の頂点に君臨するホッキョクグマ、ぬーっと海面から顔出すセイウチ、空飛ぶアジサシ。意外にも道端の野草のように可憐な白やピンクの花もあった。
南極はやはりペンギンが主役だ。整列したり、青空を見上げるようにしたりが何とも愛らしい。あくびするユーモラスなアザラシ、仲睦まじいナンキョクオットセイの姿もあった。
■写真上:北極を飛ぶ鳥の格好を真似る見学者
訪れた家族連れから「可愛いね」との声が何度も漏れた。会場に置かれたノートに「愛がこもった写真に自然な姿の命を感じます」といった見学者の感想が残されていた。 4月23日には「北極、南極の動物達の『命』が、今、ここで一つに」と題したスライドトークもあった。
中村さんは2004年以降、南極に8回、北極に2回、カメラ4台、超望遠レンズなど5本を抱えて渡航した。撮影した写真をスクリーンに出しながら船旅の様子から撮影方法までの体験談を1時間半近くにわたって語った。
南極までの距離は、南極にある看板で東京から約1万6411㌔だという。東京―札幌が約800㌔あるので大体10往復分で、飛行機と船を乗り継ぎ5日間かかる。毎回、船酔い止めの薬を持参するという。
■写真:極地の動物について熱く語る中村惠美さん
小学1年生くらいの背丈があるコウテイペンギンなど18種のペンギンがいる。遭遇しても自分からは近づかず、最低でも5㍍の距離を保って撮影したり、波打ち際などでカメラを構え、海から揚がって来るのをじっと待ったりするという。鳥は5㍍以上、アザラシは15㍍以上の距離を保つのがルールだ。
■写真:スライドトークでスクリーンに登場したペンギン
南極で絶対やってはいけないのは、当たり前のことだが、生物を捕まえる、驚かす、触るなどで、ごみ捨てはもちろん、焼却もやってはいけない。トイレは必ず船に戻ってからにする。
■写真上:ザトウクジラ 人間世界に挨拶するかのように、水しぶきを大きく上げ、巨体を水中に潜めた
北極では地元のイヌイットをガイドにすることになっている。氷上をスノーモービルが引くそりで移動するが、氷の割れ目などがあって危険だ。そこで現地に詳しいガイドが必要なのだ。
■写真上:ホッキョクグマ 水面に映る自身の姿を幾度となく見つめているように思えた
撮影したいホッキョクグマと遭遇した時、ガイドの指示に従わずに近づくなどで襲われた場合、ガイドが危険回避のために射殺することがある。絶滅危惧種なので射殺すると補償金が必要な場合もあり、そのために払えるという「誓約書」を書く。ガイドは必ずライフルを持って同行する。
■写真上:ホッキョクギツネ 新しい命。安心するかのように警戒心を知らぬ無垢な瞳は眠りについた
極地で撮影を続ける中村さんは、氷河の崩壊や溶け出す海氷を目の当たりにした。温暖化がもたらす結果なのだろうと思っている。氷が解けたり、薄くなったりすると、南極だと巣作り、子育てのペンギン、北極だとアザラシの繁殖に影響し、個体の数や、アザラシを獲物にするホッキョクグマの生態にも変化を与える。
■写真上:アジサシ 大きく広げた翼が、長い旅を支えていく
日本近海でもアホウドリが口の中に釣り針のようなものを飲み込んで苦しんでいたり、プラスチックのごみを飲み込んでいたり。ごみを集めて営巣し、靴底の上で卵を温める海鳥もいるという。
■写真上:セイウチ 人間を品定めするようにこちらを伺い、数頭の群れが泳ぎ去っていく
中村さんは「人と動物はともに同じ地球に棲む生命だ。人は生活しやすいように環境を変えてきたが、動物たちはその環境に合わせて生きている。今、私たちができることは、互いが棲みやすい状況を創ること」と力説した。
中村さんは東京都出身。小さいころから動物が好きだった。特に海の生物が好きで、一眼レフカメラを抱えて水族館に行ってはシャチとかアザラシを撮っていた。1998(平成10)年、カメラ仲間と撮影に行った北極圏にあるノルウェー・ロフォーテン諸島で野生のシャチに出合った。
それに魅せられて以来、野生生物や自然界の写真にのめり込んだ。全日空の客室乗務員(CA)時代、温暖化が取り沙汰されて、その影響を受けやすいのが極地だと知った。南極での撮影を目指したが、なかなか長期の休みが取れない。それならCAを辞めようと、2004(平成16)年に全日空を退職して、撮影活動をスタートした。
とはいえ、極地に行くにも旅費、滞在費が掛かる。2007(平成19)年、月8回のフライト、副業OKというCA経験者枠に応募し、試験を受けて再就職した。
■写真上:スヴァールバルポピー 短い夏を精いっぱい生きるため、白い花は太陽の光を存分に浴びる(左)、 コケマンテマ 存在を示すかのように北極圏に美しい色を添える(右)
「シャチやアザラシに襲われるペンギンは仲間で助け合って必死に逃げ回る。人は自分で命を絶つことがあるけど、彼らは最後の最後まで生きることを諦めない。自然界に出ると動物から学ぶことがたくさんある」
自然の中で動物の写真を撮っているのが自分らしいし、一番居心地がいい――と思うようになり、5年勤めて完全退職した。
■写真上:キングペンギン 輝く雫を携え、躍動感に満ちた肢体は本能の赴くままに同じ目的地に進んでいく
「RING OF LIFE」。北極と南極の二つを地球に沿ってぐるりと周れば「環」となり、一つになる。2007(平成19)年から各地で写真展や子ども病院などでスライドトークショーなどを開いてきた。2017(平成29)年には同名の写真集を出版し、札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡などの大都市圏で次々個展を開き、野生動物写真家として地歩を固めた。
■写真:中村惠美さんの写真展案内に登場したホッキョクグマ
我孫子市にある山階鳥類研究所の調査ボランティアスタッフの経験もあり、1989(平成元)年創刊で隔月発行される「山階鳥研NEWS」の表紙写真を幾度も飾った。人と鳥の共存をテーマに我孫子市で開かれる「ジャパンバードフェスティバル」を訪れて人脈が広がり、祖母や叔父夫婦が我孫子の住人だった縁もあって写真展開催が実現した。
■写真:アデリーペンギン 水面に映し出された情景。異次元が存在することを感じさせてくれた
「アビスタ」であった中村さんのスライドトークの質問コーナーの最後。小さな女の子がマイクを持ち「ペンギンは何年生きられるの?」と聞いた。一緒のお母さんが「(この子は)写真で見たペンギンが可愛くて、長生きしてほしい、と思ったみたい。近所のごみを週に1、2回拾ってくるけど、それがペンギンの長生きにつながるのかなって……」と補足した。
■写真上:ナンキョクオットセイ 出逢いはいつも何かを教え、何かを変えてくれる
中村さんは「お子さんたちから教わることも多い。ペンギンや動物たちが長生きするためには、自分たちがどんなことをしたらいいか。みんなで一緒に考えて下さるとうれしい」と言って締めた。
動物の生態を知り、人と共存のため、地球環境をいかに守るか。写真展やスライドトーク企画の狙い通リのエンディングだった。
■写真上:崩落する氷河 轟音を立てて陥落していく姿は、まるで地球の叫びと重なって聞こえた
■各作品の写真説明は撮影者のものを要約しました
(文・写真 Tokikazu)