「料理する心」

冨士見軒の3代目シェフ・森信悟さん(柏市)

 

取材・文 Tokikazu

冨士見軒の3代目シェフ
森信悟さん

プロフィール

森 信悟
1948(昭和23)年柏市生まれ

出身校
柏市立柏第一小学校
同柏中学校
日体大柏高校
日本大学商学部

 

冨士見軒

1928(昭和3)年創業
旧柏競馬場(戦後廃止)、柏駅東口に出店
2005(平成17)年
柏駅東口から柏市郊外(旧沼南町)に移転
2011(同23)年6月閉店

 

 

森信吾さん

――江戸時代から200年は続くとされ、国の重要文化財になっている柏市花野井の旧吉田家住宅で9、10月の2回、施設管理の一般財団法人「柏市みどりの基金」が主催する「秘蔵ガイド+ランチ」があった。施設案内と文化財の座敷でフレンチのランチコースを楽しむ企画だ。シェフを務めたのは吉田家と歴史的なつながりがある老舗西洋料理店「冨士見軒」の3代目森信悟さん(72)。「冨士見軒」は9年前に市民に惜しまれつつ閉店したが、柏市保健所管内調理師会会長を務め、機会を見つけては腕を振るっている森さんにランチ企画や「料理する心」を聞いた。*敬称は省略させていただきます

 

旧家で振る舞うフレンチ

9月、10月の2回、柏市の旧吉田家で今年もシェフを務め、腕を振るわれました。いかがでしたか?

森 やっぱり料理を作る楽しさを改めて感じました。あー、こんなに料理を作ることがうれしいことなんだってね。体は多少つらいが作って出来たときの達成感や、食べてくれた方に喜んでもらえるのは何よりの喜びです。
年を考えると段々きつくはなっている。幾日か続くといろいろできますが、スポットで一日だけというのは結構大変。材料も一から仕込まないといけないし、前日から用意しないといけないものもあります。冨士見軒の名前がある限り、前より味が落ちたといわれるのは辛い。今、自分ができる最高の物を出しました。

写真上:国の名勝に登録された庭園を眺めながらのランチ

 

純和風の旧家でフレンチはとは意外な組み合わせですが、どんないきさつだったのでしょう?

森 昭和3(1928)年、柏に東洋一といわれた競馬場が出来ました。吉田家14代当主の甚左衛門が所有地を提供しました。その競馬場の観客席の下でレストランを始めたのが冨士見軒の最初です。祖母たい(故人)が初代で女将です。大勢の職人を入れてエビフライとかハヤシライス、カレーライスとかの洋食をやりました。ほぼ同時期に柏駅東口にも店を出したようです。競馬場は戦後廃止され、跡地は豊四季台団地になりました。

写真:柏競馬場の観覧席。この下で「冨士見軒」が開業した(左)、柏競馬場の冨士見軒店内(右)*「目で見る柏の100年」(2008年、郷土出版社)で紹介された写真

 

 

写真:JR柏駅東口前の通りにあった冨士見軒のレストラン

 

 

 

 

 

吉田家とは歴史的にご縁があるわけですね。

森  平成30(2018)年に旧吉田家住宅歴史公園にある「長屋門カフェ」のリニューアル時、「柏市みどりの基金」から電話があり「深い繋がりがある冨士見軒さんで、昔の料理を出せないか」との話を頂きました。その頃どういう料理が出たかわからないけど、たぶんハヤシライスぐらいは出していたんじゃないかと思いました。で、ハヤシライスを素人でもできるような作り方を教えたんです。 それを機に年に何回かのランチコース料理をやることになりました。旧家でやらせてもらうのは本当にうれしい。最初に受けたときに座敷でやるって聞いて「文化財でいいの」って思いましたね。でも2000円でできないかって話でした。

 

2000円のコース料理ですか。

森  コースはきついと思いましたが、材料費は600円弱ぐらいに抑え、安い品物でも手をかけてやればなんとかなります。人参のムースを作り、シチューを作るのなら赤ワイン煮でやるんですけど、それを牛じゃなくて豚のバラでやろうとか、魚は安い魚を使ってソースを変えようとか。スープは本当にお金がかからない野菜中心のスープで工夫します。
2年目から5000円、そして3年目の今年は7000円、1万円になりましたが、それでお客様が本当に来るのって思いました。それでも応募があって抽選だったと聞きました。料理人としてうれしい。ありがたいことですね。

写真上:手伝いのスタッフと料理を盛りつける森シェフ

 

 

厨房ではどんなことを考えて料理しているのですか?

森  一番はやっぱりお客さんに喜んでもらいたいですよね、喜んで頂いているお顔を見てみたい、それだけですね。ほかに何にもないです。そうすると自分が満足できるから。文化財の旧家だから空調がない。春と秋しかできないし、今年はたったの2回だけども、せっかくこういう風に出会った方々です。その方々のために一生懸命作りたい、と。
メニューについては季節感を出したい。フランス料理だとそこまでは考えないが、和食、中華に素晴らしいところがある、和食にあこがれる、和風なもの、日本人の口に合うものを考える。

 
 
9月のランチ会ではタピオカ入りのコンソメスープが湯呑茶碗で出てきました。

森  コンソメには時間をかけました。和の心を込めたかった。春の山菜、冬の真鱈の白子もいい。白子はフランスパンのパン粉に卵をつけ、オリーブオイルで焼く。マッシュポテト、ズッキーニ、ナス、パプリカ、セロリを白ワイン、トマトで煮る。煮詰まったものを白子の上に乗せる。バルサミコ酢のソースをかけると白子のボルドー風です。

 

 

 

銀座で修業、3代目継ぐ

これからの季節にいいですよね。おいしそうです。ところで、冨士見軒は家族代々で引き継いでいたのですね。

森  2代目の父恍悦(故人)はどこで修業したわけではなく、使っている職人を見て覚えたのだと思う。刺身を引いたり、茶碗蒸し作ったりはできた。母くらも結構器用だった。刺身は父が引いていましたけど、刺身のつまは手引きで全部母がやっていました。父は自分では全部できないので職人を雇っていましたが、その職人で苦労したので「お前は表にでろ」ということで、私は修業に出ました。

写真:創業した初代女将の祖母たいさん(故人・右)、祖父平治さん(故人)の肖像画と2代目の父・故恍悦さんの写真

 
 
3代目の家業を継ぐため、東京・銀座の資生堂パーラーで修業したとお聞きしました

森  3代目については、高校まではなんとなくそうなるのかなぁーって思っていました。でも、大学を出て22歳の時、霞が関ビルにあったフランス料理店で1年修業後、銀座の資生堂パーラーで本格的に修業を始めてから決定的になりました。中途半端にはできないなって思うようになって……。店を継ぐにしても料理のことをある程度がわからないと馬鹿にされる。わかったうえで、経営できればいいと思いました。
資生堂パーラーに行った初日、職人だから格好はどうでもいいやと思って、上着にタートルネックで行ったら門前払いを食いました。先生(故高石鍈之助)に「それだから職人は馬鹿にされるんだ」って怒られました。それから背広来て、ネクタイを締めていくようになりましたね。
それでも修業時代は楽しかった。給料いらないから修業させてくれって飛び込んだのですが、月3万円の小遣いをもらえた。特に辛いことはなかった。野菜、肉、魚の下ごしらえなどを一通りやってからでないとできない「ストーブ前」っていうオーブンの調理手伝いを早くさせてもらえた。
レシピはみんなフランス語だったので、辞書片手に覚えました。訳しても意味が通じなかったこともありますけどね。

 
 
冨士見軒に戻って働くようになってからはどうでした?

森  27歳の時に資生堂を辞めて帰ってきました。当時いたシェフは結構気難しい人で、1ヶ月全然口をきいてもらえなかった。何が気に入らないかもわかりませんでした。ある時、来たらもう全然顔色違っていて、さすがに「ちょっと話しましょう」って言ったら、それから変わりましたけどね。 3代目は35歳の時に父から引き継ぎました。駅前店の時に1階は洋食中心のレストランでしたが、2階のお座敷でフレンチを出しました。お座敷ということでお刺身とか欲しい方がいました。和洋折衷でよく出しました。和洋折衷を出すと「刺身の出るフレンチか」とか悪口を言われたこともあります。日本酒も出していました。40種類ぐらいそろえ、フレンチ食べながら日本酒を楽しんでいただきました。

写真上:レストランの2階で和洋折衷の料理を出した「割烹 冨士見軒」の看板

 
フレンチにワインではなくて、日本酒ですか……

森  何でそれをやったかっていうと、ワインにすごく詳しい方がいた。かなわないと思ったが、その人も日本酒好きだった。新潟に行った時に越乃寒梅とか雪中梅とか八海山が出たんですよね。日本酒って結構美味しいなと思って、それからおいしいものを少しずつワインと両方飲んでもらおうと思いました。

 
 
なるほど、おいしい料理にはおいしい飲み物ということですね。で、長年シェフを務めていて気を遣うことってなかったですか?

森  一番はやっぱり良い人間関係を築くことですかね。それが一番大切だし、一番難しいですよね。いかにみんなに気持ちよく働いてもらえるか。だから私がまだ下でやっていた時、向こうの調理場で怒鳴り声が聞こえたこともありました。でもそういうのがお客さんのところに伝わっていくと、聞こえちゃうとね、お客さんが嫌な気分になりますからね。だから絶対にどんなに腹に据えかねたことがあっても、なるべく後で言おうと心掛けましたね。

 

 

 

料理のバランス、ソースに苦心

どんな仕事でも同じですね。人間関係は大事です。料理で一番大事にしているものは何でしょう?

森  やはりその素材を引き出すソースかな。魚料理も得意ですが、この魚だったらこのソースがいいなっていうのはなんとなくわかります。一番好きなソースはサフランソース。サフランの花のめしべだけをとった赤いやつです。これでクリームソースを作ります。エシャロットのみじん切りとフランス産香草の酒を鍋に入れて煮詰めます。魚のだし汁、切ったトマトなどを入れてさらに煮詰めたところにサフラン、生クリーム、バターを溶かし込み、最後にパセリのみじん切りを入れ、塩、コショウで味を調える。黒砂糖をほんの少し、あまり甘くしちゃだめ。それが私のサフランソース。
スズキの場合、川の物は皮から海は身からといいますが、我々の場合は違う。皮目から焼いちゃう。縮まないように縦に筋を入れ、フライパンにオリーブオイルをひいて低温のうちから入れ、油だけを回す。パリッと仕上げてサフランソースを流す。スズキのポアレ、サフランソースになる。魚のグラタンも得意ですよ。

 
 
気をつけていることは?

森  料理のバランスです。例えばちょっと甘めのものを出したら、あとは酸っぱいもの、辛いものとか。甘甘っていうのは出したくない。メニューの関係でそういうふうになっちゃう場合もありますけど、なるべくバランスを崩さないようにします。それから食事の最後のステーキにしてもソースは和風のソースにして、デザートもやはり胃に負担のかからないゼリー系とか、ムース系とか、アイスクリームシャーベット系とか。食べ終わって「ああ、おいしかった」って言っていただけるような料理の量、質を考えます。いくらおいしいものを出しても最後に「もうお腹いっぱいで食べられない」じゃ困っちゃいますよね。

 

魚のグラタンもお得意とのことで、来年のランチ会のお楽しみですね。それまで何か考えていることはありませんか?

森  ご家庭のホームパーティーのような場で簡単に作れるコースも出来ます。オーブンとかがなくても、ご家庭のガス台でできるような料理がいくらでもあります。出張料理みたいな感じでやって喜んでもらえたらいいなと思います。焼いたサンマに葉野菜を乗せるサラダなど季節感がある料理を皆さんに作ってもらいたいですよね。何にも秘密はないので、それを作ってもらって家庭の味になれば、こんな嬉しいことはありません。できればやりたいですね。

 

写真:自宅にある森さんのワインセラー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真:自宅庭で妻とも子さんとくつろぐ森さん

 

 

(取材日2020年10月27日)