ミュージアムINFO

9月

秋の日の六別
ある日、梨園の一日

すぎの梨園
――残暑の日差しが梨の葉を突き抜けて照りつける9月のある日、柏市柳戸の「すぎの梨園」を訪ねた。園主の杉野耕資さん(35)が一人黙々と収穫していた。「オレを早く収穫してくれっていう、梨の声が聞こえてくる」。梨園に入ると、枝をぐるり見回して耳を澄ます。どこからともなく風のように聞こえる「声」の方向に自然と手が伸びる。
 

梨は追熟しない。つまり収穫後は熟さない。「声」が聞こえる食べ頃の実を選んでさっともぎ取る。実を黄色いプラスチックケースに入れる。ケースは特注の4輪の台車に6ケース並ぶ。1時間足らずでいっぱいになった。

 

 

写真:特注の四輪車で収穫した梨を移動する(左)、大きさや色みを見ながらの選果作業(右)

 

 

「早く取らないと出荷の時間がなくなる」。客にはなるべく早く味わってもらうため、収穫した当日に出荷する。ケースを軽トラックに積み替えて自宅に戻った。

 

 

自宅敷地の一角にある作業場。昼食を終えた午後から選果、出荷作業が始まった。きれいな形、黄色い色みを選んで箱詰めする。途中から妻三紀さん(36)が加わった。てきぱきした作業が続く。時折、訪れる予約客と接する。

 

写真:選果した梨を箱詰めする

 

 

 

 

杉野家は曽祖父の明治期から続く農家。梨は祖父(故人)が始めて50年近くになる。下に妹が2人の3人兄妹。高校3年の時、家業を継ぐ決意をした。高校を出てから山形県内の農場で1年間、有機農業を体験した後に3年制の農業者大学校に進学。卒業後も国際農業者交流協会(JAEC=本部・東京)の海外派遣でドイツに渡った。そこで1年間、野菜の有機農業を学んだ。

 

 

24歳で家業についた。祖父の代に3大品種「幸水」「豊水」「新高」から始まった梨栽培は、今では1.5㌶の畑に15~20品種の650本がある。父光明さん(64)を師として梨作りを続けた。祖母の勝江さん(87)、母幸子さん(62)、妻三紀さんが加わる家族経営。

 

写真:もぎ取りに笑みがこぼれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エコマーク薬剤の残効期間と降雨予測を立てて殺菌剤を減らしたり、園内の草の根で土を耕す草生栽培と有機肥料を中心にしたり。環境保全と食の安心・安全を配慮した県の「ちばエコ農産物」の認証を得ている。忙しい毎日だが、「年中仕事がある。休みなしだが、収穫のこの時期が一番楽で、楽しい」という。

 

 

 

写真上:出荷箱に貼られる減農薬など食の安心・安全への配慮を県が認証するステッカー

 

 

 

完売出入り口にある「すぎの梨園」の看板に「完売」の貼り紙があった。今年は不作で量が取れず、顧客に200箱(1箱5㌔入り)ほど送れなかった。春の開花期に降雪などの低温、7月の長雨、日照不足、8月の酷暑と水不足……。昨年は相次ぐ台風に襲われたが、今年も「これまで経験したことがない」(杉野さん)天候不良に見舞われた。

 

写真:看板に貼られた「完売」のお知らせ

 

 

 

今年1月、4代目となる家業を継いだ杉野さんは、梨づくりの脅威を「異常気象」「気候変動」と位置づけ、農業の「ニューノーマル」を模索する。「異常気象が日常気象になることが目前に迫っていると感じる。気候変動に対応する『ニューノーマル』な梨づくりが求められる」

 

 

出荷前の接客 代表的な「幸水」「豊水」「新高」は、比較的新しい「豊水」でも生まれてから半世紀は経つ。今の気候変動に対応できる品種なのか、杉野さんは首をかしげる。10年ほど前から「あきづき」「王秋」「秋麗」などの新しい品種を導入してきた。気候変動に対応する品種の育成に力を入れている。

 

写真:出荷の合間に予約客に接する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「客は『幸水』『豊水』というが、新品種を採り入れて、既存の品種でない需要を掘り起こしたい」。「すぎのブランド」を目指し、意欲を燃やす。

 

 

 

写真:完熟梨はオリジナルの段ボール箱で出荷される

 

 

 

 

 

 

 

(文・写真 Tokikazu)

 

秋の日の特別なランチ
旧吉田家の秘蔵ガイドとフレンチ

――スダジイにモミ、キンモクセイ、ササなどの高木、低木が整然と並び、4基の石灯篭が配されたコケむす庭園。秋の柔らかい日差しを受けて移り変わる陰影を眺めながら2時間半のランチ。長く楽しんだのは初めてだが、意外とあっという間だった。

旧吉田邸ランチ

写真上:庭園を眺めながらのランチ

 

 

旧吉田邸ガイド柏市花野井の旧吉田家住宅歴史公園で9月28日にあった「秘蔵ガイド+ランチ」。公園を管理する「柏市みどりの基金」が旧吉田家を知ってもらい、大勢の市民に来ていただくきっかけにしようと、2018(平成30)年から続けている。ランチのシェフは市民に親しまれ、惜しまれつつ閉店した老舗の西洋料理店「冨士見軒」の3代目、森信悟さんだ。

 

写真:舞台裏で調理する森信悟シェフ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉田家は江戸時代から代々続く豪農で名主。江戸後期には醤油造りも始めた。かつて一帯にあった徳川幕府の軍馬を育てる「小金牧」と呼ばれる牧(牧場)を管理する「牧士」(もくし)も務めた。吉田家は農家、商家、士分格の三つの顔がある。

 

 

旧吉田家

 

写真上:旧吉田家の中心をなす主屋。軒先で厚み1㍍の重厚な茅葺き屋根になっている(左)、歴史ある板塀に和服姿の女性が似合っていた(右)

 

 

築後200年ともいわれる寄棟、重厚な茅葺の主屋、寄棟で庭園に面した書院、屋敷への表玄関となる長大な長屋門、新蔵など江戸から明治初期にかけて造られた往時をしのぶ8棟がある。2004(平成16)年に土地、建物が市に寄付され、修復工事を経て2009(平成21)年に約2㌶の歴史公園として開園した。翌年、8棟が国の重要文化財に指定され、2012(平成24)年には庭園と屋敷林が国の名勝に登録された。

 

 

旧吉田家で森シェフが腕を振るうのには縁がある。吉田家41代当主の甚左衛門が1928(昭和3)に開場した柏競馬場に土地を提供した。その競馬場の観戦スタンド下で、森さんの祖母が「冨士見軒」を開業、出店した。競馬場は戦後廃止され、跡地が豊四季台団地になった。2008(平成20)年発行の「目で見る 柏の100年」(郷土出版社)に当時の店内外の写真が紹介されている。

 

 

森シェフは東京・銀座の資生堂パーラーなどでフレンチを修業し、35歳の時に3代目を継いだ。店は柏駅東口から柏市大津ヶ丘に移転して営業を続けた。料理中の森シェフは「お客さんに喜んでもらいたい。喜んでくれる顔が見たい。それで満足できる」という職人だ。

 

 

旧吉田家

 

写真上:長さ25㍍の長大な長屋門。現存する建物中では一番古い。休園日のランチ企画で門は閉まっている(左)、納戸として造られたが、明治以降は当主の執務室になった部屋(右)

 

 

歴史公園では長屋門西側のスペースを来場者用に「長屋門カフェ」を造り、2018(平成30)年にリニューアルした。歴史的に縁のある「冨士見軒」の森シェフに看板メニューのハヤシライスを監修してもらい、ランチのシェフも務めてもらうことになった。

 

 

 

9月28日の参加者は、間もなく金婚式という夫婦1組、着物姿の中年女性3人、仕事仲間という60代女性4人、筆者の計10人。午前11時、長屋門カフェ前に集合し、渡邉健二園長の案内で長屋門、新蔵、主屋、ランチ会場の書院を約1時間かけて回り、説明を聞いた。

 

 

 

写真上:主屋を背に渡邉健二園長(右から3人目)の説明を聞く参加者

 

 

厚さ1㍍の茅葺という典型的な豪農の主屋、主屋の中に増築された帳簿づけなどをする帳場座敷、武家住宅に見られる身分の高い客を迎える式台のある玄関……。渡邉園長は「農家、商家、武家の顔がある吉田家の歴史が建物にも表れているのを感じてほしい」と力説した。

 

旧吉田邸見学風景

 

写真上:主屋にある「ミセ」と呼ばれる座敷の見学(左)、見学者は土間天井にある防火対策の梁を見つめた(右)

 

 

ランチ会場は主屋と渡り廊下でつながる12畳半の二間を合わせた書院。国の名勝に登録されている庭園が目前だ。畳を汚したり、傷めたりしないようカーペットが敷かれ、庭に咲いていた黄色いオミナエシ、紫のアメジストセイジの小花が飾られたテーブル、いすが用意された。グループごとに距離を空け、庭園に向けた席に着いた。午後0時過ぎにランチが始まった。

 

 

 

金婚式のお二人これまで年に4~7回開催してきたが、今年はコロナ問題でこの日と次回10月19日の2回だけという。今回の会費は7千円、1万円という次回はすでに定員10人を上回る応募があり、抽選になりそうだという。

 

写真:冨士見軒」の料理が好きで2度目の参加という夫婦

 

 

 

メニュー「せっかく出会う方々のために、甘い物、酸っぱい物、辛い物のバランスを工夫し、一生懸命作りたい」と森シェフ。メニューは前菜からスープ、メーン、デザートまで8品が用意された。

 

写真:9月28日のメニュー

 

 

 

 

前菜の色どりを楽しみ、茶碗で出てきた「タピオカ入りコンソメ」「巨峰とアズキのスープ」などという組み合わせに驚きつつ、1品ずつ、グループ同士でおしゃべりをしながらじっくり味わった。

 

 

 

 

 

お料理の一部

 

写真上:前菜と庭に咲いていた小花がおかれたテーブル(左)、茶碗に入って出てきたタピオカ入りコンソメ(中央)、旬の巨峰とアズキのスープ(右)

 

 

最後のコーヒーを飲んだところで時計を見たら午後2時半を回っていた。純和風の旧家座敷に設けたテーブル席でフレンチを頂く、非日常的な感覚も加わって、しばし時の流れを忘れさせた。

 

 

(文・写真 Tokikazu)