山下清の素顔に迫る
「清さん、お帰り。山下清展」
■写真:我孫子二階堂高校書道同好会の石橋つかささん(1年)らが書いた吊り看板
「来るものは拒まず」の弥生軒が受け入れたが、しばらくすると、ふらっといなくなっては帰ってくる生活だった。店の主人が「清、心配で捜したぞ! ばかやろう」と怒っても、本人は「帰ってきたんだから、ただいまだな」とケロッとしていたという。弥生軒には画家として有名になってから作品を贈り、駅弁の包み紙のデザインにもなっている。
■写真上:弥生軒で働いた山下画伯の作品が弥生軒の駅弁の包み紙になった
山下は東京・浅草生まれ。幼い頃に重い消化不良で高熱を出し、言葉がどもる後遺症が出た。小学校時代はいじめられるようになり、たまりかねた家族が12歳の時に市川市の養護施設に移した。ここで山下は貼り絵(ちぎり絵)と出合い、眠っていた画才を一気に開花させた。
水を得た魚のように初期の虫や花から学園生活、外の様子などにテーマが広がった。山下の作品を中心にした養護施設の子どもたちの作品が早稲田大学や東京・銀座の画廊で紹介され、大きな反響を呼んだ。
■写真:幼少期は友達だったという虫の作品が多かった
1940(昭和15)年の18歳の時、養護施設の生活に飽き、翌年の徴兵検査の恐れもあって、風呂敷包み一つ持って「脱走」する。これを機に松戸の魚屋、柏のそば屋、弥生軒などに住み込んでは旅に出る放浪生活が始まった。千葉県を起点に暑い夏場は北上、寒い冬は南下する旅で、1954(昭和29)年に鹿児島で見つかり、家族が連れ戻すまで続いた。
放浪は「裸の大将」という東宝映画で上映されたり、連続テレビドラマで放映されたりした。そこで描かれた山下は坊主頭にランニングシャツ、短パン姿でリュックに傘を入れ、線路を歩いて移動。旅先でスケッチし、作品を描く姿だった。しかし、実際は全く違うようだ。
■写真:放浪生活で使われたリュックや腕時計などの生活用品
山下と一緒に暮らした甥の山下浩さんは記念講演「家族が語る山下清」で「ランニングに短パンはテレビなどが作り上げた姿。実際は浴衣や着物姿で、旅先では作品を描くことはなかった」と打ち明けた。山下は記憶力が抜群で、作品は自宅や施設に帰った後、旅先で観て感じた「心の情景」を貼り絵やペン画などにしていたのだという。
■写真:記念講演会の講師を務めた山下画伯の甥、山下浩さん。いろんなエピソードを披露した
浩さんによると、山下は映画やテレビで描かれる自分の姿を嫌がっていた。でも、放浪したのも線路を歩いたのも事実で、暑がりで家にいるときは坊主頭でランニングを着ていた。本人は「半分本当ならいいかな」と思っていたという、家族ならではの内輪話もあった。
■写真:山下画伯の横顔が紹介された記念講演会「家族が語る山下清」の会場
山下展は、2002(平成14)年のアビスパ開館以来初めてという2階に五つある全学習室、オープンスペース、ミニホールの展示スペース全てが使われた。幼少期の貼り絵との出合いから放浪時代、画家として全国、ヨーロッパ取材……。ライフワークとして取り組んだ「東海道五十三次」の創作中に脳出血で倒れ、49歳の若さで亡くなるまでの軌跡を140点の作品・資料でたどっている。
■写真:写真の山下画伯が出迎える第1展示場(左)、地元ゆかりの画家の作品を見入る入場者(右)
中には弥生軒に贈られたり、駅弁の包み紙のデザインになったりした作品など、我孫子に残る14点が「我孫子ブース」として館内三カ所で特別公開されている。放浪中に背負ったリュックや腕時計などの遺品も展示されて興味深い。
■写真:ほかの展示会場ではみられない地元で保管されている作品の「我孫子ブース」
貼り絵は色紙や古切手、新聞紙などを細かくちぎったり、こよりにしたりで変化をつけている。浩さんの「何でこんな大変なことをするのか」との問いに、山下は「これが当たり前。どこかはしょる方が難しい」と答えたという。
複数回、展示会場に足を運んで作品を見た。ほんわりした感じの作風から山下の温かい人柄を感じた。「会ってみたかったなー」との筆者の独り言に妻が「わたし、会った」と反応した。青森・八戸出身の妻が子どもの頃、地元デパートであったサイン会に絵はがきを買って並んだそうだ。「ただ黙々とサインしていた。それしか覚えていない」
山下は、なぜ人が自分のサインを欲しがるのか不思議だったという。むしろ簡単な虫や花の絵を描いてあげたほうが喜ぶのでは、と思っていたらしい。サインもデザインっぽい崩し字ではなく、ずばり「山下清」そのもの。山下の人なりの一端を現しているようでもある。
■長岡の花火」(貼り絵)©Kiyoshi Yamashita 2020
■「ロンドンのタワーブリッジ」(貼り絵)©Kiyoshi Yamashita 2020
■「手賀沼公園」(ペン画)©Kiyoshi Yamashita 2020
(文・写真 Tokikazu)