――東京都台東区・入谷、昭和通りに面した一角に、白い小さな家がある。緑が彩る玄関をくぐれば、そこには端正な美術品が静かに並ぶギャラリーが待っている。「こんにちは」と迎えてくれるのは廊主をつとめる細川さんご夫妻だ。
「galleria ACCa」(ガレリア・アッカ)は、若手の芸術家の作品発表の場として、また近所の人が気軽に美術作品と出会える場所として、2006年にスタートした。
「人生を3つに分けたとき、50歳からは社会に還元する時期だ」という考えから、50歳を前に早期退職し、経験ゼロからACCaを構えたという細川さん。今ではすっかり地元に定着し、かつてACCaで初個展を開いたアーティストの、新たな活躍も耳に入るようになったという。
今回はACCaを営む細川さんご夫妻に、支援を続けている若手作家たちへの思いをうかがった。また、ACCaで毎年個展を開く陶芸家・加藤仁志さんから、支援される側から見たACCaの姿についてもお話しいただいた。
東京に佇むこの小さな画廊では、どんな芸術が育っているのだろうか。
■写真:2016年3月「加藤仁志・陶磁展」の風景。
*敬称は省略させていただきます 。50歳からは社会に還元する
- 東京、台東区だと、東京藝術大学からも近い、谷中・根津・千駄木・・・いわゆる「谷根千エリア」には、SCAI THE BATHHOUSEさん、ギャラリーTENさん、ギャラリーKingyoさんなど、小さなギャラリーが集中していますよね。こちらの「galleria ACCa」さんは、それらのお店とは少し離れたところにあります。なぜ、この入谷にギャラリーを構えることになったのでしょう?
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信子 九州や静岡といった遠方から、丸1日ギャラリーを巡りに来るという方もいらっしゃいますが、よく「ここだけ、遠くてね」と言われます(笑)。そういう方は、スケジュールをあらかじめ組んでいらっしゃることが多いので、ACCaには1日の最初か最後にいらっしゃる。ACCaを観てから他のところに行くか、他のところを巡ってきて最後にACCaにおいでになる、という具合ですね。
なぜ入谷かというと、もともと、私の実家がここにあったからなのです。家の玄関部分を増築して、ギャラリーにしました。始めるときには、ギャラリーをやるのに、どのくらいの広さがいいのかも、分かりませんでした。ただ、あまり大きなスペースでの展示となると、若い方にとってはプレッシャーになって、中には高熱を出してしまう人もいる、と聞いたことがありましたし。地方のデパートなどでは、陶磁器だと、大きな壷を「最低5つ6つは出品してほしい」と言われるようで、まだ作品数の少ない駆け出しの作家さんには、ハードルが高いのです。それで、小さなスペース、12畳くらいのギャラリーにしよう、と決めました。進 ある作家さんが、別のギャラリーで展示をしたときに、客足が芳しくなかったからと、オーナーさんに「もっとお客を呼んでくれなきゃ困る」と迫られたことがあったそうです。経営者側としても、家賃が賄えなければ大変なのはわかりますが、若い作家さんには簡単なことではありませんよね。このギャラリーの場合は自宅を兼ねているので、家賃はかからないで済みます。だから、普通のギャラリーよりは、まだ、若い方の支援に力を入れやすい、ということになりますね。
- すると、こちらのギャラリーは、初めから、若手作家さんの支援のために作られたということなんですね?
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進 はい。私の友人から、シュヴァイツァー博士の言葉から来ている、こんな考えを教わったのです。「人生を3つに分けたとき、25歳までは育てられる時期、50歳までは自分が充実する時期、そして50歳からは社会に還元する時期だ」と。なるほど、と思って、自分も早期退職して何かやろうと思っていたのです。
信子 2005年、夫(進さん)が50歳になるちょっと前くらいに、突然、会社を辞めると言い出して(笑)。ギャラリー経営の経験も知識もゼロの状態からスタートしました。若い方の作品を多くの人に知ってもらいたい、そして近所の方にも気軽に作品を見に来てほしい、と考えて、ベビーカーや車椅子も入れる設計にしてあります。
- 「社会に還元する」といっても方法はいろいろあると思いますが、細川さんご夫妻が「ギャラリー」という形を選んだのは、なぜだったのでしょう?
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進 もともと私がずっと絵を描いていて、妻は陶芸をやっていたんです。だから入谷に移る前も、豊四季(柏市)と守谷(茨城県)に、アトリエを兼ねる形で自宅を持っていました。私は、今は油絵を描いていますが、以前テンペラ画やフレスコ画を描いていた時期もあります。その関係で、イタリア語も習っていたので、ギャラリーの名前が「アッカ (※イタリア語で「H」)」、「HOSOKAWA」のイニシャルなんです。
信子 陶芸家の加藤さんの前で、「陶芸をやっている」なんて言えるほどではないのですが、趣味で始めてもう30年になります。東京陶芸倶楽部さんでずっとお世話になっています。
進 展示品も、最初の頃は陶磁器が多かったですね。でも、最近はガラスに興味が移ってきて、ガラスの展示が増えてきました。
- 展示される作家さんは、どのように決まるのでしょうか?
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信子 最初はインターネットで探すことが多いです。でもこれは下見のようなもので、基本的には必ず展示会に足を運んで、お人柄も見てから、お願いします。たいてい、お人柄は作風に出るものなので、大丈夫なことが多いのですが、中には、作品はいいけれど人柄は今ひとつ・・・という方もいらっしゃる。わがままな方や、忘れっぽい方だと、結局は続きませんね。1年くらい前にはお願いしておくので、きちんと連絡をマメにしてくださる方でないと。ごく稀に、飛び込みで「ここで展示させてください」と言う方もいらっしゃいますが、滅多にOKできることはありません。せめて一言、メールなどでご連絡いただいていればいいのですが。また、うちのテイストには合わないな、と思う方には、近くの別のギャラリーを紹介することもあります。
- こちらで展示される作品は、陶芸やガラスが中心ながらも、種類も展示する方もさまざまですね。全体としては、どういった傾向の作品が多いのでしょうか?
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進 あるベテランの画家さんに、ACCaの展示は「みんな清潔だ」と言われたことがあります。確かに、今の加藤さんの作品もそうですが「清潔で誠実な作品」が好きですね。「奇をてらった作品」には、あまり関心が湧かないんです。ただ、若手を応援する以上、大成されている方ではなく、「まだ出来上がっていない人」に声をかけます。「初めての個展」を、ACCaでやる方も多いですね。何度もうちで個展を続けるうちに、だんだん「良くなったな」と成長がわかると、こちらも嬉しくなります。
信子 ちょっと変わった方だと、山田実穂さんという、カバの作品ばかり作る彫刻作家さんの作品を展示したことがあります。筑波大学での修了作品が、2mくらいあるカバの作品で、大学の窯を一基一年間借り切って制作したそうです。卒業直後に日本橋の高島屋で展示され、次にACCaで個展をしてもらったのですが、フランスにあるカバ協会の日本特派員も取材にみえました。
- カバばかり作る方、ですか。確かに、ちょっと意外なテーマですね。
信子 実は「カバ好き」の人って、一定の数がいるんです。彼女自身もそうですが、好きな人はものすごく好きで。彼女の展示のときは、鹿児島、関西圏、名古屋、宇都宮……静岡から高速バスでいらしたお客様もいたほどです。ACCaでは、さすがに2mの作品は展示できないので、小さい作品を40〜50点ほど展示してくれました。存在感があって、ユーモアがある。それに、一定のファンがいて見に来てくれるということは、題材として「正解」なんですよね。他の動物で作品を作り続ける人もいますが、表情が出しづらい動物だと、難しいですよね。
- それは面白そうですね(笑)。他にも、これまでギャラリーを続けてこられた中で、なにか特に印象的なエピソードがあれば教えていただけますか?
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信子 2011年3月の東日本大震災のとき、ちょうどいわき市にお住まいの陶芸家ご夫妻 (稲葉浩之さん・川口江里さん) の作品を展示していたんです。震災があったので、お客様は殆どみえなかったのですが、こちらに展示していたおかげで、作品は全て無事で済みました。その後、4月になってから、お二人の展示を再度開催して、そのときの売上は全額寄付となりました。
今でも、昭和通り沿いの敷地を使って「被災者支援チャリティーバザール 手作り陶器市」を開催しています。出してくださる方々が、普通では考えられないような低価格に設定してくださるので、あっという間に売り切れてしまいます。 - こちらに展示されていたからこそ、作品が無事だった、というのは本当に幸運でしたね。また、芸術作品と被災者支援が直接つながるというのも、意義深いことだと思います。
- 加藤さんは、ACCaさんでずっと個展をされているということですが、最初はどんな形で展示されたのでしょうか?
加藤 まだ駆け出しの頃、展示会に来ていただいて、細川さんたちに声をかけていただいたのです。ACCaさんでの展示が、東京では初めての展示になりました。
進 「加藤ファン」も多いです。若い方に好まれていますね。若い女性に、特に人気があります。デザインも洗練されていますし、使い易いので。
加藤 一度には買えないから、毎回の個展の販売で、少しずつ揃えてくださる、という方もいらっしゃるんです。中には、僕の作品を気に入ってくださって、「次回にはこういうものを作ってきてくれませんか」とリクエストをいただくこともあります。
信子 加藤さんの作品には、使いやすい作品が多いんですよね。奇をてらわず、何気ない。でも、使いやすいのです。工芸って不思議で、綺麗になりすぎた作品だと、魅力が乏しくなってしまいがち。パーフェクトよりも、ホッと息が抜ける部分がある方がいい作品になっていると思いますね。
- 若手作家を応援するのがコンセプトというギャラリーさんは、そう多くはないのだと思いますが、加藤さんにとって、ACCaさんはどういう場所なんでしょうか?
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加藤 8回の個展に、毎回来てくださった方もいらっしゃって、ありがたいと思っています。普段、仕事をしていると、1日じゅう誰とも話さない、なんてこともあるのです。だから、仕事を続けていく上でも、こういう場所で作品を通して人と繋がれることが嬉しいし、その橋渡しをしてもらえるのは、ありがたいですね。そういう、つながりをくれる場所だと思っています。
- では最後に細川さんご夫妻にお聞きします。この先、若手の作家さんたちを応援する方法として、新しく考えておられることがあれば、お聞かせいただけますか?
信子 地方のよそのギャラリーさんと積極的に知り合いになって、作家さんに紹介する役割を担えたらいいな、と思います。同じ場所でばかり個展を開くのではなく、他の場所でも開いて販路を広げていってほしいですね。
それから、地方に住んでいる作家さんに、年齢的に若いかどうかにはこだわらず、東京に出てきてもらいたいと思っています。ネットワークを広げたいですね。逆に東京の作家さんも、地方へと活動範囲を広げてほしいと思っています。でも全く知らないところで、若手の作家さんが探すのは大変ですから、その中継役を担えたらいいと思っています。-
進 私たちがギャラリーを始めた頃は、ギャラリーの閉店が相次いだ頃でした。デパートでも美術作品や工芸品の売り場が縮小しつづけていました。今は「閉店する」という話は減ってきましたが、かといって「新しく開店する」という話も、余り聞きません。一方で、婦人雑誌などでギャラリーが特集されることは増えてきています。これから先、もっと業界全体が豊かになってくれるといいなと思いますね。
■写真:左から細川進さん・細川信子さん・加藤仁志さん (ギャラリー前で)
- 若手の作家さんたちが新たなつながりを得ていく場所として、これからもACCaさんの仕事はたくさんありそうですね。本日はお話を聞かせていただき、ありがとうございました。ACCaさんには、これからも、長く、人と人をつなぐ場所でありつづけていただきたいと思います。
進・信子・加藤 ありがとうございました。
清潔で誠実な作品を中心に
人とのつながりをくれる場所
(取材日:2016年3月16日・galleria ACCaにて)