1杯のキャンバスに描く「芸術」

奥平雄大さん(南流山 ラテ・アーティスト)

 

取材・文 津島めぐみ

 Caferista(カフェリスタ)

  流山市南流山1-7-6 2F 
  Phone 04-7158-6750
  営業時間
   am11:00〜pm7:00
  定休日
   毎週月曜日
  (祝日の場合、火曜日)

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  caferista.com

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掲載情報
2017年6月「マネジメントスクエア」掲載記事 (発行・株式会社ちばぎん総合研究所)

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―― 何気なく出された、1杯のコーヒー。その液面に描かれた、美しい模様。カップを1つのキャンバスとして、舌のうえにすべりこめば消えてしまう、その「絵画」を、一般に「ラテアート」と呼ぶ。  ラテアートの世界で、日本のみならず、全世界に名を馳せる職人が、流山市にいる。南流山駅前に店を構える「CAFERISTA(カフェリスタ)」のオーナー・奥平雄大(おくだいら・たけひろ)さんだ。
奥平さんは、ラテアートのなかでも「フリーポア」(ピックなどを使用せず、エスプレッソにミルクを注ぐだけで模様を描く技法)を得意とし、国内外で数多くの大会へ参加。優勝を含め、多くの優秀な成績をおさめている。インターネットや世界大会を通じて全世界の人々とつながりあいながら、日々「1杯のキャンバス」に向き合い続ける奥平さん。彼とラテアートとの出会いから、将来の展望までを話していただいた。

*敬称は省略させていただきます 。

ラテアートとの出会い

ラテアートそもそも、奥平さんがラテ・アートの世界に入ったきっかけは、なんだったのでしょう?

奥平 僕は、これまでに、ニュージーランドに1回と、オーストラリアに2回、合計3回滞在しているんです。どちらの国も、多くの人が、毎日、決まった時間に、決まったメニューのコーヒーを飲むような国。ラテアートの世界で知られるようになったので、「最初からラテアートが目的で行った」と思われることもあるんですが、最初の2回(ニュージーランド、オーストラリア)は語学留学でした。語学学校でも、クラスメイトたちが、毎日、昼休みにコーヒーを飲みに行くなか「僕はコーヒーそんなに好きじゃないから」と教室に残っていたくらいです。
でも、もともと「何かお店をやりたい」という気持ちはあり、2回目のオーストラリア滞在中に「カフェで働いてみたいな」と考えはじめて、帰国後、東京のカフェレストランで働いてみたんです。そこで、ラテアートをやっている人に出会った。そのとき、初めてラテアートの「作品」を見て、直感的に「すごい」と思ったんです。  
だから、3回目になってやっと、コーヒーを目的に、ワーキング・ホリデーを利用して、オーストラリアまで行ったんです。今にして思えば、あんなにコーヒーを愛する国に2度も行ったのに、コーヒーの魅力に気づかなかったなんて、もったいないことをしたな、と思いますね。

では、2度目のオーストラリアで、ラテアートを本格的に勉強なさったということですか?

奥平 いえ、オーストラリアでは、アートは学んでいないんです。アートは全部、独学ですね。オーストラリアでは「アート」よりも「味」が重視されます。綺麗なアートを喜ぶ人もいますが、「味」にこだわる人のほうが多い。
現地で働くなかで、とくに、コーヒーの適正な抽出方法と、それに適したミルクの作り方について、徹底的に勉強しましたね。ミルクの出来とコーヒーの出来がよくなければ、絶対にいい1杯には仕上がらないんです。材料も、道具も、環境も、器具も、技術も、想像力も……全ての要素がそろわなければ、いい味にはならない。

コーヒーを愛する国で、コーヒーやミルクの扱い方について、本格的に学んでいらした、ということですね。そのとき学んだことが、現在のアートの質にもつながっている、と。

奥平 はい。日本には、コーヒーが苦手だという人も多いですね。僕自身も、昔は、興味もなかったくらい。作業中だけど、コーヒーを苦手とする人が多い原因は、国内の多くの店で、コーヒーが「ちゃんと」作られていないから、にすぎないんです。豆の種類、挽き方の細かさ・粗さ、お湯の温度……それから、豆の量ですね。コーヒーを抽出するときには、ポルタ・フィルター(抽出器)に入れるコーヒーの粉の量や、その日の湿度によって、抽出の速さが変わる。抽出の速さが変われば、豆の挽き方も変えなきゃいけない。その全ての要素で、味が決まるんです。  
だから、僕の店では、僕が作ってもスタッフが作っても、コーヒーの味が常に一定になるよう、すごく、気をつかっています。

たんなる美術ではなく「舌で楽しむアート」だからこその配慮ですね。

ラテアートと「フリーポア」の魅力

ラテアートを続ける原動力、奥平さんにとっての「ラテアートの魅力」とは、どんなところにあるのでしょう?

奥平  ラテアートは、大会があるとはいっても「100点」を出すことは絶対にできないものです。まったく同じ1杯は、2度とできない。1杯1杯に、必ず、なにかしらの違いが出る。だから、飽きないんでしょうね。

なるほど。それと、奥平さんは、ラテアートのなかでも、ピックを使わずエスプレッソにミルクを注いで模様を描く「フリーポア」の技法を得意とされていますね。その技法の魅力とは、何なのでしょうか?

奥平  ミルクを注ぐだけで描く、というシンプルさでしょうか。ピックで描くだけなら、絵が上手い人だったら、綺麗に描けちゃいます。でも、フリーポアは、純粋に「注ぐ技術」で決まりますからね。1mm、2mmの違いが問われるような世界です。スポーツみたいなものですね。
それから、フリーポアのほうが速く描けるので、味があまり落ちないで済むのも、コーヒーの味を大事にする僕にとっては、大きな魅力ですね。時間をかければ、綺麗なアートは描けるけれど、コーヒーの味は落ちてしまう。フリーポアなら、長くても30秒くらいで描ける。だからこそ、見た目だけじゃなくて、コーヒーの味も、落とさずに済むわけです。

現在のような技術を磨かれるまでには、相当な訓練を積まれたと思いますが、どれくらいの量、練習されたんでしょうか?

奥平  昔、ラテアートを始めたころは、1日に牛乳を3〜4リットルくらい使って練習していました。全部飲むわけにもいかないので、もったいないですが、作っては捨て、作っては捨て、でしたね。  
ミルクを注ぐためのピッチャー(水差し)も、何種類も試しました。素材も道具も「自分にとってベストなもの」を使います。僕自身、たくさん持っているピッチャーのなかでも、実際に使っているのは、1〜2種類くらいです。描くものによっても違いますが、使ってみてダメと感じたら、もう、使わない。でも、持っているピッチャーはすべて使ったことがあるので、全部、特性は説明できますよ。

練習用の牛乳だけで3〜4リットル、というのは、すごい量ですね。今は、どれくらい練習されているんでしょうか?

奥平  今では、実際に作って練習することよりも、頭で考えている時間のほうが、長いですね。「コーヒーのアート」というと、難しく考えてしまう方もいらっしゃいますが、実際には「物理学」なんです。水の注ぎ方、対流、注ぐ高さによる重力の違い・・・。それらがすべて組み合わさった上で、出来上がるものなんです。普通の「水の動き」だととらえて、理論的に考えれば、じつは、とても分かりやすいんですよ。
その理論の部分を、毎日、頭のなかで考えている。理論がしっかりイメージできていれば、そのまま再現できますから。実際に作ってみるのは、1日に1〜2杯くらい。多いときでも、せいぜい5杯(1リットル分)くらいですかね。

理論を形にできる、というのもすごいですね。ところで、大会の前なども、特別に練習をされることはないのでしょうか?

奥平  そうですね、大会のときは「いつも通り」を心がけています。気張っちゃうと、かえって上手くいかないから。
ただ「他人と違う、オリジナルなもの」を考えなきゃいけないので、想像力はすごく働かせますね。それから、大会はトーナメント方式が多いので、当たる相手によっても、戦略が変わってきます。上手い人と早い段階で当たると、勝ち進むのが難しくなる。それに、今は、インターネットで全世界の人のラテアートの写真が見られるし、上手い人たちはみんなinstagramやfacebookなどのSNS (ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でつながりをもっています。僕自身、世界で9,000人近いフォロワーがいます。だから、トーナメント表が発表されると、すぐ、インターネット上で、情報戦みたいなものが展開されはじめますね。作品の写真を公開してみたり、逆に公開しなかったり。

作業中の奥平さん大会前から、すでに駆け引きが始まっている、ということなんですね。

 

写真:ラテアートを描く奥平さん

 

流山から、世界大会へ

ラテアートの大会というと、素人からはなかなか想像がつきませんが、どういった基準で審査があるのでしょうか?

奥平  基準は、大会によってさまざまです。プロが審査に立って、シンメトリー(対称性)だとか、スピード、明確性といった技術面が基準になるというところもあるし、一般の方に「アートとしての美しさ」を評価されることもある。前者のような大会で、すごくいい成績をとる人でも、後者のような大会では、あまり評価されなかった、というケースも珍しくありませんよ。
それと、世界大会などの予選は、写真1、2枚で選考されるので、写真撮影にも気をつかいますね。なかには、50万円くらいする上等なカメラを使っている人もいます。

世界大会など、海外の大会に出場されるとき、お店はどうされるんですか?

奥平  うちは2人経営なので、大会に行くときは、閉めることになりますね。  実は、店のオーナーって、あんまり大会に出場しないんですよ。オーナーだと、大会に出るたびに店を閉めなきゃならないから。本当は、どこかのお店のスタッフでいたほうが、出場しやすい。旅費だけでも大変なのに、店を閉めているぶん、売り上げに響いちゃいますからね(笑)。しかも、大会の持ち時間って3分くらいだから、敗退したら、たった3分のために、行って帰って来ることになるわけでしょう。まあ、優勝して賞金もらっても、その賞金額より、費用がかかっちゃうものなんですが(笑)。  
逆に、それでも出つづけているわけですから、大会って、お金の問題じゃないんですよね。今は「世界大会で1位をとるまでは、絶対にラテアートをやめない」と思っています。

それでもご自分でお店を続ける理由は、何かあるのでしょうか?
奥平  開いたからにはやめられない、というのもありますが、最初に「自分の店を持ちたい」と思ったのは「他人の指図を受けずに、自分の好きなことを、自分のやりたいようにやりたい」という気持ちがあったからです。他人の言いなりになるのは、性に合わないんですね(笑)。そういう考え方は、海外生活が長かったおかげで、身についたものだと思います。

実際、南流山という土地にお店をもたれて、どうなんでしょうか?
奥平  たまたま、居抜きで入れるところがあったから、この南流山でお店を始めたわけですが、人が少なくて、大変でしたね(笑)。最初は、本当にやっていくのが難しかった。でも「いいもの」があれば、ちゃんと人は来てくれるもので、こうして続けられています。一見さんより、何度も来てくれるお客さまが多くて、関係が濃くなりますね。「会いに来てくれる」という感じ。お客さまが、海外のお土産でコーヒー豆を持ってきてくれることもあります。

そういえば、お店の壁に、たくさん、コーヒー豆の袋が貼ってありますよね。これって、海外では、よくある装飾なんでしょうか?
壁奥平  いや、どうでしょう。僕も、記憶のなかでは、うちだけしか知りません(笑)。海外のお店で、生豆の麻袋を飾っているお店はありましたが、うちみたいに小売の袋まで貼ってあるお店は、見たことがないです。
この中には、海外の、けっこう珍しい袋もあるんですよ。お店ごとに全部、袋のデザインが違うので、いいな、と思って貼っているんです。世界大会に行ったときに開催地で買ったものや、海外の友人が送ってくれたものなど、いろいろです。じつは、ここに貼ってある以外の袋もいっぱいあるんですが、もう、ここには貼り切れないので(笑)今は、ただ溜まる一方です。

この装飾も、世界で活躍する奥平さんならではの「特徴」なんですね。

写真:壁いっぱいに貼られたコーヒー豆の袋

「扉」としてのラテアート

奥平さんは、定期的にラテアートの講習会も開かれていますね。ラテアートを多くの人に体験してもらいたい、という気持ちの表れなんでしょうか?

奥平  ラテアートを入り口にして、コーヒーの本当の魅力を知ってほしい、という気持ちはありますね。それまで、コーヒーに興味もなかった、という、昔の僕みたいな人が、いいラテアートと出会うことで、コーヒーの魅力に気づいてくれたらいいな、と思っています。

他の方に教えるとなると、ご苦労もあるかと思いますが・・・

奥平  正直、なかなかうまくできない様子を見ると、もどかしくなることはあります(笑)。でも、その一方で、自分が言ったことがちゃんと伝わって「できた!」と喜んでもらえたときは、僕も嬉しくなりますね。

それでは、最後に、奥平さんにとっての「理想のラテアート」の姿を教えていただけますか?

奥平  ラテアートって、あくまで「アート」・・・つまり、コーヒー・カップのなかに表現される、1枚の「絵」なんです。
でも、アートとしての「表面的な綺麗さ」だけではなくて、まさにその絵の「裏側」にある、コーヒーとミルク、すべてが、狙ったとおりに作られたものが、本当にいいラテアートになるんです。そういう1杯を、毎日提供できることが、僕のラテアートの理想形だと思います。

本日は、ありがとうございました。来年4月にも東京で世界大会とのことですが、頑張って下さい。
奥平  ありがとうございます。頑張ってきます。 奥平さん

(取材日:2015年11月11日 流山市・CAFERISTA店内にて)